百田尚樹と言えば、映画がヒットしたりNHK経営委員にも関わらず選挙の応援演説をするなど、
最近なにかと話題になっていたりするんだけど、まさかこの“佐村河内・騒動”にも言及するとはね。

テレビ番組の放送作家でもあったわけだから、なにかと目立ちたがりな側面もあるのかな。

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“口の悪い放送作家”百田尚樹氏、佐村河内氏騒動に持論語る

番組内でクラシックについてアツく語った百田氏は、収録後、佐村河内守氏(50)のゴーストライター騒動について「作品に対する評価について考えさせられた」とコメント。「『(作品を聴いて)感動したのに、だまされた』という方がいるけど、その曲に感動したのなら作者は誰であっても関係ないと思う」と持論を語った。


正直、個人的には彼の小説は面白いと思わないんだけど(特に文体が嫌い)、
今回の発言に関してはまさにその通りだと思えてならない。

作品自体が素晴らしいのであれば、その点については特別問題はないと思うんだよね。
曲を聴いて感動したという人の感情までを蔑ろにするようなことではないと思う。


ただ、佐村河内氏の肩書きや人となりを加味して感動していたとするならば、
それはもちろん佐村河内氏も悪いけれど、
半分は肩書きに影響を受けた人間の責任なんじゃなかろうかと。

作家・志茂田景樹が佐村河内氏の一連の騒動について苦言「その人が掲げている看板や、肩書を見て聞く耳を持つ人が多くなった」 ← でも、どうやって相手の虚偽発言を見極めればいいのだろう?

上記のごとく志茂田景樹さんも肩書きに影響を受ける人に警鐘を鳴らしていたりするんだけど、
ほんとそういう人が多いというか、メディアに踊らされる人が多くなった気がしないこともない。


とはいえ、「この人すごいだろ? 感動するだろ?」という感じでの演出で
ドキュメントなどを流してきたメディアもある意味で共犯な気もするけどね。

知らなかったじゃ済む問題じゃないくらい、各所で激震が走っているわけだし。
もっと早くに何とかならなかったのか? と思えてならないや。


あと、ネット検索をしていると以下のような記事を発見。


マスコミ業界で許容される「職業ゴーストライター」の線引きとは? by久田将義

「ゴーストライターが悪い」という論調があるが、僕は必ずしもそうは思わない。僕が知るゴーストライター達は、おおむね「腕がある」人が多かった。すなわち文章技術に優れている。

例えばタレントが著者として名前を出している自伝本などは、タレント本人が書いていないのは周知の事実だし、それは読者もある程度認識している。多くの政治家の本などもそうだ。だが、それらは佐村河内氏のように作品のすべてを丸投げするようなものではなく、あくまでインタビューなどから著者本人が表現したい内容を汲み取り、それを要約して文章化する作業を担っていたに過ぎない。状況によってはゴーストライターは許容される存在だったのだ。

では、本業の作家や文化人の場合はどうだろう。ここからが、佐村河内氏問題と重なってくる。つまり今回の問題は、「本業でありながらそれが偽装であった」事が問題の一つであり、「本人ではなくゴーストライターに書かせていたのか」という、がっかり感が視聴者や佐村河内氏のCDを購入した人にはあったと思う。また、新垣隆氏への楽曲指示書を見る限り、あれは創造性のあるものではなく、いわゆるレジメ、企画書レベルだということも問題だった。


そうか、佐村河内氏に対する表現しようのない極度のがっかり感というのは、
それが本人が作曲家であると本業がそれだと語っていたことに由縁していたわけか。

たしかに、タレント本だの政治家本などがゴーストライターと言われても特に驚きはないけれど、
それが本業でご飯を食べているにも関わらず偽装だったと言われたら、かなりの衝撃だよね。

なんだかようやくこのショックの大きさの原因が分かったような気がします。


ちなみに、個人的には本のゴーストライターに関しては特別問題視していなかったり。
それこそ百田さんが言っていることじゃないけれど、
内容が良ければ誰が書いていようが問題じゃない!」、僕はそう思う。

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