貫井徳郎と言えば、“宗教”を題材にしたいくつかの小説を読んだことがあるんだけど、
それらは結構面白く読ませていただきました。

こういう題材を書かせたら上手いなぁとか思っていたら、本人もシャーマン的な人だったとは。

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人気作家4人が激白 ミステリー作家特有の苦しみ

【貫井】 僕は小説を書く時にはあまり考えてないので、そのあたりはなんとも言えないなあ。

【今野】 あまり考えてないって、一体どうやって書いているんだ(笑)。

【貫井】 筆の流れのままに書く方なので。自分が書いているという意識ではなく、どこかにある物語を僕が引き寄せて書いているという感覚に近いのかな。

【湊】 一種のシャーマンですね。

【貫井】 でも、それがうまくいかない事がままあるから、問題なんです。

【今野】 貫井徳郎は天然であり天才であるという事がわかったのが、今回の座談会の収穫だね(笑)。


こういった「頭の中に浮かんだものを書き写しているだけ」という作家さんて時々いるよね。

それがカッコつけて言っているだけのことなのか、実際にそういう風な創作法なのか
なかなか判断付きにくいこともあるんだけど、事実ならば確かにスゴイことなのかもしれない。


以前、阿川佐和子のテレビ番組「サワコの朝」に出演した小川洋子あたりも
そのようなことを言っていて驚いたものだけど、ある種作家の特性とも呼べるものなんだろうなぁ。
(たしか、村上春樹や森博嗣あたりもそういうタイプだったような、定かではないけど)


湊かなえが「一種のシャーマンですね」と言っているわけだけど、
ほんと言い得て妙という感じで、やっぱりスーパーナチュラルなものを連想してしまうものだ。

八百万の神と呼応して物語を紡ぐという作業。
大昔に創作された“神話”だってそういった作業の末に出来上がったものだろうし、
まさに貫井さんらがやっているようなことって、シャーマン的だと言えるのでしょう。


こういった作家さんの頭の中に物語が降りてくる現象というものって科学で説明出来ないのかなぁ?
それらを具体的に検証することが出来たならば、
クリエイティブ方面のお仕事にとってかなりのプラスになると思うんだけど、どうなんだろう。

まあ、たぶん世界では現在あらゆるものが研究対象になっていることだし、
上記のようなことだって世界中の沢山の研究者達が試行錯誤しているのでしょう、そんな気がする。









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