★2009年3月18日の記事を再掲

グロテスク〈上〉 (文春文庫)いやぁ~読後感は正直良いもんじゃない。女性の持っているあらゆる醜い部分が凝縮されていて、読んでいるとその悪意と欺瞞の渦に飲まれてしまって気分が悪くなる人もいることだろう。でも面白い。ある種、劇薬小説です。

主人公“わたし”の鋭すぎる観察眼。全てにおいて傍観者のような振る舞い。冷めているようで、人の不幸を楽しんでいる底意地の悪さ。

しかし自意識過剰で美しい妹へのコンプレックスの高さも見え隠れ。それら全てを、ですます調+語りかけ口調で綴られているもんだから、何とも言えない気持ち悪さがそこにはある。

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だけど、それらの悪意は、人生を生き抜くというサバイバルのために磨いているらしい。お嬢様学校という格差社会に入り込んでしまった主人公にとっては、その悪意だけが武器になっていた。

それにしても、こういったエスカレーター式の私立学校って、こんな世界なのか? 恐ろしすぎる。長期に渡って周りのコミュニティが変わらない世界で、イジメなんかされてしまうと悲惨すぎるね…。おまけに女性が女性にやるイジメといのも陰惨で目も当てられません。


本書は、一見主人公“わたし”とその妹ユリコの物語と思いがちだけど、1997年にあった東電OL殺人事件をモチーフにされているということもあり、主人公の同級生・和恵(事件の被害者をモデルにしている人物)こそが真の主人公だと言えるんだろうね。

東電OL殺人事件 – Wikipedia


正直、この和恵の話が一番壮絶だった。主人公に翻弄され続け、その妹ユリコに嫉妬し囚われ続けた女性。痩せていれば自分は綺麗だと思い続け、コンビニでおでんを買うにしてもネタ一つに大量の汁を入れてもらって、その汁でカロリーを摂取していた。

当然体はガリガリ状態。このおでんのエピソードなんて著者の桐野さんの創作だと思ってたんだけど、これは東電OL殺人事件の被害者がこうだったらしい。ちょっぴり背中がゾクっときました。


人はなぜ「美しい」がわかるのか (ちくま新書)あと“美”というものについても考えさせれるね、この小説は。美しいものって、只それだけでも罪になりえる。美しすぎるものに対しては、人によってグロテスクなものに見えることもあり、または恐怖を感じたり、あるいは殺意も覚えてしまう。

ものを見たり感じたりするのって、客観的にはできないものだしね。恣意的に考えたり、感情にバイアスをかけたり…。美しすぎるものって、それは良きにしろ悪きにしろ人の感情を深く揺さぶるものだから、それを自分自身の中でどう対処していくか人によっては難しいことなのでしょう。“美”については、右の『人はなぜ「美しい」がわかるのか』が参考になるかも。


桐野夏生の小説を読んだのは、本書が初めてだったんだけど結構衝撃的だったなぁ。これから他の本も読んでいこうと思います。







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