★2009年5月1日の記事を再掲

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)村上春樹の新作「1Q84」が今月末に出るということらしいので、本書を本棚からサルベージしてみた。

何年か前に買って読んだんだけど、初めの数十ページで飽きてしまってそのまま放置……。今回改めて再チャレンジしてみたら、不思議と割とすらすら読めました。第2部から面白くなってくるという感じかな。

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チャイルド44 上巻 (新潮文庫)監視、プロパガンダポスター、シュプレヒコール、戦争映画、言論・集会・思想の不自由、マインドコントロールなど、国家によって人々が完全に管理されている世界を本書は描いている。

真っ先に思い出すのが、スターリン政権下のソ連(最近の作品では「チャイルド44」に詳しい)であったり、今日では北朝鮮などの社会主義・共産主義の国。常にびくびくしながら生活をしなければならないなんて、辛いとかいうレベルではないのだろうね。


国民にはただ愛国心だけもつことを要求し、国家に対して少しでも反抗的なことを考えたならば、思想犯罪という名目により警察に捕まえられてしまう。最近、ジャッキー・チェンが「中国人は管理が必要」だという発言をしていたけど、まさにそういった思想こそが要求されている。

あと、結婚などに関しても管理されていて、これなんかも300人委員会の人類家畜化計画を連想させるね。あ、もしかして本書の表紙の眼のような図柄って、イルミナティのシンボルをイメージさせてるのかなぁ? そうだとするとちょっと背筋が寒い。まあ、でもブックデザイナーがそこまで意識してやってるとは思わないけど。だけど、まさかねぇ…。


それから本書の読みどころは、第3部-3から展開するウィンストンとオブライエンが織り成す、権力についての議論のところ。カラマーゾフの兄弟の“大審問官”を彷彿とさせます。

党は権力のために権力を求めたのではなくて、大多数のためにそうしただけに過ぎないこと、民衆はか弱く、卑屈な人種であって自由に耐えられないし、真実を直視し得ないから、彼らよりも強力な集団によって支配し、組織的にだまされねばならないこと、人間にとっての選択は自由か幸福かであり、善をもたらすために悪を行ない、他者のために自己の幸福を犠牲にする献身的な一派であるということだ。


この思想なんかは、まさに大審問官の思想そのもの。国家と宗教は、ある種イコールに見えてきてしまう。


国家を変えるには、プロレ階級が力を合わせる他にない、と本書では言っている。国家とエリート達は、いわばズブズブの関係となっているので、最下層の人間達が団結する以外に手が無いわけだ。もうこれは我々の人類の歴史を鑑みても、最後には一般の国民が一斉に動かないことにはどうしようもない。市民革命というものを起こさないといけないのだろうね。


結局、最後まで救いのないまま物語は終わっちゃうわけだけど、当時の世界情勢そのものへの危惧を示したということで、ハッピーエンドにはしなかったということなのでしょう。

皮肉にも未だに管理社会が残ってしまっている国はあるわけで、それも経済大国にまでなった国もあるわけだけども、その国にとって本書はどういった扱いになっているんだろうか? 現在21世紀なわけだし、その国でも当然本書を入手するのも容易いことだろう。どんな感想を持つのか聞いてみたい気がする。







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