★2009年6月10日の記事を再掲

1Q84 BOOK 1やれやれ、やっと読み終わりました。どうも巷の評価は賛否両論という感じになってるみたいだけど、まあ普通に面白かったと思う。

本書は主人公「僕」ではなく「俺」、それと女性がヒロインになっている。二人の物語を交互に語るという構成になっていて、限りなく一人称に近い三人称小説。今までの作品で多用されてきた難解な比喩は今回ほぼ見られなくて、村上さんの作品の中では非常に読みやすい部類に入るんじゃないかなぁ。

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交互に語られる物語は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の時では“リアルと虚構”みたいに両方が独立した感じだったと思うけど、「1Q84」においては“リアルとリアル”“虚構と虚構”という風に互いが連動していて、互いに補完し合える関係性にある。そういうところが読みやすい所以なのかもしれない。ちょっと伊坂作品を連想してしまうのが玉に瑕だけど…。


本書の主人公は小説を書いているということもあって、芥川賞についての記述があったりする。正直、村上さんが芥川賞について何か書くとは思わなかったので(たとえそれが小説内の人物の言葉であったとしても)ちょっと驚いた。以下は本書に登場する編集者の言葉。

芥川賞をとれば評判になる。世の中の大半の人間は、小説の値打ちなんてほとんどわからん。しかし世の中の流れから取り残されたくないとおもっている。だから賞を取って話題になった本があれば、買って読む。著者が現役の女子高校生となればなおさらだ。(中略)俺はね、何も金がほしくてこんなことをやろうとしてるんじゃない。俺が望んでいるのは、文壇をコケにすることだよ。うす暗い穴ぐらにうじゃうじゃ集まって、お世辞を言い合ったり、傷口を舐めあったり、お互いの足を引っ張ったりしながら、その一方で文学の使命がどうこうなんて偉そうなことをほざいているしょうもない連中を、思い切り笑い飛ばしてやりたい。システムの裏をかいて、とことんおちょくってやるんだ。愉快だと思わないか?


非常に興味深い。芥川賞が取れなかったことに対する恨み節じゃないということは分かるんだけど、でもちょっとその辺を邪推して読んでしまうね。多少なりとも意識はしているはず。芥川賞、受賞第一作作品を用意していたほどの彼なんだから。


それから、ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」という曲が頻繁に物語上に登場するんだけど、Youtubeで探してみたらすぐ見付かっので聴いてみた。

Leoš Janáček, Sinfonietta



なるほど~なんだか宮殿とかで流れてそうな音楽だ。それ以上の感想は特にないけど…。


まだ本書を読み終わっていなかったり、手に入れられていない人もいるだろうから(Amazonでも現時点で在庫切れらしい)内容については詳しく書かなかったけど、ちゃんと村上春樹らしさというは出ているのでファンの方はご心配なく。

正直、BOOK2の半分くらいまでは、別に村上さんじゃなくても書ける内容なんじゃない? とか思ったけど、後半以降からは彼らしさが存分に発揮されてます。キャラ立ちもしっかりしてるし、一般受けもするんじゃないかと思う。「やれやれ」も2冊合わせて5回出てきましたw


以下ネタバレ、疑問点など箇条書きで(文字を反転させています)

リーダーとふかえり(ドウタ)が多義的に交わってリーダーはリトル・ピープルの代理人になったということは、ふかえりと交わった天吾がリーダーの代わりに代理人になったってこと?

ということは、天吾と交わったふかえりはドウタなのか? マザなのに、生理がこない状態になっているのか?

教団から逃げ出してきたふかえりはドウタで、マザはまだ教団内にいる?

もし天吾がリトル・ピープルの代理人になったとしたら、反リトル・ピープルの代理人であるふかえりと対立することになる?


とりあえず、パッと思いついたものだけ書いてみた。まだまだ謎は多いんだけど、BOOK3に期待するしかないんだろうね。






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