★2009年6月16日の記事を再掲

西瓜糖の日々 (河出文庫)なんとも不思議な物語だ。とにかく読み進めるたびに疑問に思うことがバシバシ出てくる。結構詩的な文章。この手の本をどういう風に楽しむのが正解なのかはよく解らないけれど、よく解らないなりに第二編を読む頃にはすでに物語に引き込まれてしまっている自分がいたりする。霊妙な体験。

そもそも西瓜糖とは何のことだろう? メタファー? 本書内では「西瓜から砂糖を採って、その砂糖をわたしたちの“もの”、つまり、わたしたちの生活の“かたち”に変えるのだ」とあったりする。その文言の通りに物語の中で、生活用品や衣類など様々なものが西瓜糖で出来ている、それが普通の世界らしいのだ。

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このアイデスという土地(世界)、西瓜糖だけでなく色んな謎に溢れている。ほとんど書物が無かったり(書かれていない)、毎日太陽の光の色が違ったり、虎たちの時代というものがあったりetc。

そこの住民は、そういったことが当たり前かのように暮らしている。まさにその土地の名前であるアイデス“iDeath”の意味の通り、自我を殺しているかのように…。そういう風に考えると、ここで暮らしている住民達のほのぼのとした生活というものが、何かしら空恐ろしいもののようにも見えてしまう。


このアイデスから逃れ、周りの人間からは忌み嫌われている“忘れられた世界”という場所で暮らしている人間も少数いるんだけど、その人間たちの起こした行動が、そのアイデスの恐ろしさというものを決定的にしたんじゃないかと僕には想像させられた。

その行動とは「本当のアイデスがどんなものかわからしてやる」と言い、耳や鼻など感覚器官を切り落とす(注:反転させてます)、ものすごい狂気のパフォーマンス。

このことにより、二つの世界が対比で語られており、“忘れられた世界”の方は逆に考えて、あらゆる自由のある世界、ユートピアなんじゃないかと考えられる。“忘れられた世界”には無数の書物があるとされているので、言論の自由や表現の自由というものを表しているのかもしれない。かなり勝手な解釈ではあるけど、そういう風に読むとものすごく皮肉な感じがするね。


本書は1968年に発行されたものらしいけど、その頃のアメリカって(日本もそうだけど)表現することに対して規制というものが、結構あったのだろう。自由の国と言いつつも、先人達の苦闘の末に獲得できたものなんだと、ちょっと感慨深く感じる。

それにしても、フレッドが森で拾った変なものとは一体何なんだろう? 虎も何かの隠喩か? 結構解らないものだらけだった。


本書は考えさせられるガジェットが沢山出てきて、いくらでも深読みできるような内容になっている。好きな人には好きな感じなんだろうなぁ、これが幻想小説というものなのね。リチャード・ブローティガン、他の作品も読んでみたいと思います。







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