★2009年6月22日の記事を再掲

“文学少女”と穢名の天使【アンジュ】 (ファミ通文庫)お、今回のコノハくんはだいぶ明るくなってる。多少社交的になったというか、他愛のない日常を楽しんでる感じだね。そんな感じなもんだから、羽目外しちゃって自分からゴタゴタに巻き込まれちゃってるし。自己嫌悪するなどして、すぐにいつものコノハくんに戻っちゃったよ…。

戻ったというか、コノハくんの心の葛藤描く分量がさらに多くなったような気がする。もちろん井上ミウ、美羽がらみで。それを煽ったりする人物がいるからなぁ、普通の人でもノイローゼになっちゃうよ。久々に発作を起こして倒れちゃったし(前回では1回も無かったような…)

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オペラ座の怪人 (創元推理文庫 (530‐2))今回はガストン・ルルーの「オペラ座の怪人」が下敷きに物語が展開するんだけど、その主人公が“音楽の天使”からレッスンを受けるという事柄に関連させて、天使=天才にスポットが当てられている。

天使に嫉妬する堕天使。天才に嫉妬する元天才。真の才能を目の当たりにした絶望。この世で一番憎んでいるものを(元天才から見た天才)、この世で最も愛さずにはいられない(真の才能を愛さずにはいられない)という永劫の苦しみ。


才能について、本書に登場する過去に天才と呼ばれた先生はこう話している。

 ……真実が必ずしも、救いをもたらすとはかぎりません。知らないほうが幸せなこともあります。
 特に、芸術家を目指す人たちはね……みんなとても臆病で、自信がなくて、揺れやすいんですよ。才能があると褒めそやされながら、壁にぶち当たって、苦しんで、苦しんで、どうしようもなくなって……それでも諦められなくて、心を病んでゆく人たちを、大勢見てきました。本当に、どうして、そこまで追いつめられなければならないのでしょうね……。才能という幻想は、ときに凶器となり、人を傷つける。美しい音楽は聴き手には平等なのに、それを生み出す者にとっては、そうではないし、その才能が、永遠に続くわけではありません。
 天使と呼ばれ、人々の賞賛を一身に浴びて煌めいていた歌い手でさえ、今は忘れ去られ……もう、歌うことはないのです。


この文章を読んで、ニルバーナのカート・コバーンを思い出してしまった。彼の場合、賞賛ばかりではなかったけれど、成功したばっかりにメジャー志向というものを余儀なくされたり、自分のイメージする音楽も創れなくなったりして病んでいってしまったんだよね。

音楽のことがほんとに大好きで活動していたのに、デビューして早くに注目されちゃうとメディアやリスナーによって潰されてしまう。こういうことが少なからず起きている気がする、結果論ではあるんだけど。カートもそれで自死を選んでしまったし。


真の才能を目の当たりにしてしまったばっかりに、それを聴いた人が自殺をしてしまうということが本書では語られてたりもする。リスナー自身がほんとにそうなってしまったりするのかは解らないけど、歌い手や演奏者ならばそれは有り得ることなんだろうね。

ジャコ・パストリアスの影響をずぶずぶと受けていたマーカス・ミラーが、そこからきっぱり決別してスラップを極めるという逆の道を行くというケースもあったり、もしかしたら自殺というのはそういった意味での比喩なのかな? とも思ったり。


今回は琴吹さんの物語ということもあって沢山登場してたんだけど、いつものツンツンした彼女ではなく素直な感じだったので物足りなさ過ぎました。。逆に遠子先輩の出番は少なかったし、ちょっと消化不良な感じだったなぁ。

それにしても「勝手なことを言うな。きみに、なにがわかるんだ」とか、コノハくんはまたしても言われちゃってるし。毎回これだと完全に人間不信になっちゃうだろw 







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