★2009年11月26日の記事を再掲

作家の日記 (2) (ちくま学芸文庫)本書も2巻目に入り、ドストエフスキー自身も書き慣れてきたのか、比較的読みやすくなった感があるね。目次も細かくつけられるようになってるし、何を問題提起して評論されているのかが解り易くなった。

よくよく考えてみると、もうこの時代から評論家という職業が成立してたんだよね。明治維新が1867年だから、江戸時代の頃からロシアではそういう職業があったわけだ。そう考えるとなんかスゴイ。日本の場合、職業として成立したのはいつ頃のことだろう?

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結構本書ではロシアについての様々な不満や不安に思うところを(行政、司法も含めて)、読者に提起したりしている。日本の江戸時代にも新聞なんかはあったみたいだけど、さすがにお国に対する不満なんて書けなかっただろうなぁ。検閲とかされそうな気がする。

本書を書いていた頃のロシアって結構そのあたりは割と緩かったんだろうか? ちなみにドストエフスキー自身、若い頃に一度政治犯として捕まった経験があったりするんだけどね。


そんな当時のロシアは、ヨーロッパから嫌われ敵意を込めて見下されていたらしい。ロシア人のことを、自由主義者、革命運動家、破壊的要素に同調する傾向にあると見られていたんだそうな。うん、もしかしたら今でもそんな感じに見られている部分もあるんじゃないかな。特に“革命”という部分においては。


以前テレビでビートたけしが語っていたんだけど、ロシアのホテルで夜中に眠っていたら、急にドンッドンッて大きな音が外から聞こえたらしい。たけしさんは驚いて飛び起きたとのこと。「革命か?!」と思ったらしいんだけど、どうやらそれは花火だったらしく、なんでもサッカーの代表戦でロシアが勝っただけのことだったみたいです(W杯だったのかな?)

このエピソードって笑い話で済んだからいいけど、ちょっと時代がずれてたらちょっと恐ろしい話だけどね。本書では民衆論なんかも語られていて、当時はほんと経済的に逼迫していたようです

。子供達の放浪生活なんかも社会問題になっているし、社会格差はものすごいものがあったのだろうな。今のロシアは天然ガスで潤っているのかもしれないけれど、ちょっと前まではほんと革命が起きてもおかしくないくらいの経済状況だったわけだし、まあたけしさんも何事もなくて良かった良かった。


それから、本書は1巻同様、裁判に関することも色々と語られてました。やはりドストエフスキーは、事件というものに注視して経過を追っていたようだね。そういったものから小説の題材を見付けようとしていたのだろうと、想像に難くない。

関係ないけど、敬虔なクリスチャンの多い?ロシア人がなぜ降神術にハマったりしてたんだろう?








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