★2009年12月21日の記事を再掲

作家の日記〈6〉 (ちくま学芸文庫)今回はプーシキンのことを主な題目として色々と語られてるね。このシリーズ内で、たびたびプーシキンについて言及されているわけだけど、名前を出すたびに「天才」であるとか「偉大な頭脳」であると評されている。「プーシキンこそは、予言であり指標」とまでも。

あれ? 小説「悪霊」内で彼をモデルとした人物をボロクソに言ってなかったっけ? と思ったら、それはツルゲーネフのことだったみたい。思いっきり勘違いしてました。それにしても、そんなにスゴイのかぁ、プーシキンって。ロシアでは、プーシキン賞なるものまであるみたいだし(亀山さんも受賞してた)、何はともあれ偉人なんだろうな。

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それから、本書では経済・財政論のようなものまで語られている。それに加えて、歴史・宗教・民族問題もちょこちょこと絡めて話が展開しているので、正直わけが分りませんでした…。ドストエフスキーって、こんなにもネタのボキャブラリーが豊富なのかと、驚くしかなかったわけで。完全に打ちのめされてしまった。


本書の後半に、付録として評論家達の言葉も収録されているんだけど、その評論家達でさえ「作家の日記」は評しにくい作品だと語っている(1980年において、この作品の全体を眺望した文章を書いている人は2人しかいなかった) そもそも、この作品自体訳しにくさに定評があるんだそうな

正直、上記のような言葉を聞いて、自分には手に負えない作品だというのは当たり前のことなんだと、それが分っただけでもかなりの収穫でした、うん。ちょっと安心。


その評論家の一人が、ドストエフスキーのフランス批判について面白いことを語っていた。それによると、ドストエフスキーはフランス=カトリックとして見ていたらしい。カトリック社会から造られたのが社会主義であり、社会主義(フランス)批判をするということは、無神論ということにも結びつく(←この辺がどうしてそうなるのかが僕には分らない) そういう流れからカラマーゾフの兄弟の「大審問官」は西欧(フランス)批判の結果なんだそうです。

なかなか面白い考察だよね。てことは、素人考えでいくとロシア正教ってプロテスタントなの?って考えてしまうところだけど、そうじゃないらしい。キリスト教の流派・宗派・教派なんて、ちゃんと勉強しないかぎり分りません…。


とりあえず、「作家の日記」全六巻読み終わりました。いろいろと飛ばし読みしながらだったけど、改めてドストエフスキーの凄さを思い知らされたというのが素直な感想。これを読むと彼の小説はまだ易しい方なんだなと、そう思えちゃうのが不思議です。またそのうち小説の方も色々読み返してみたい。






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