夜想 貫井徳郎
★2009年12月30日の記事を再掲

本書を読んで、新興宗教が出来上がる切っ掛けや過程というものは案外こんな感じなんだろうなぁと、すごく感慨深く感じた。物語的には割と坦々と進むような感じで、ラスト近くまで盛り上がりに欠けるのは否めないんだけど、それでも宗教の出来上がる舞台裏のようなものが読めて非常に面白い。

何か特別な能力を持っている人間の元には自然と人が集まるものだ。沢山集まれば、色んな考えを持った人間がでしゃばってくるのは当然とも言える。いつしかそれは組織となり、元々集まる切っ掛けとなった人物の理想とは掛け離れたものとなるのも想像に難くない。

本書のヒロインもそんな感じで、元々人のために役立つことがしたいと思って活動していたのに、いつしか周りからはそれが宗教だと思われてしまう。

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実体がどうあれ、新しいものは得体の知れないものと見られて、それが必然的に宗教臭を漂わせる結果になるというもの。「宗教=得体の知れないもの」という図式が頭の中にこびりついている日本人にとっては、その流れはあまりにも自然なんだろうな。

当人達が宗教ではないと言ったとしても、周りの先入観をどうあっても改めさせることはできない。世の中そんなもんです。新しいものを嗅ぎ付けるのが早いのも、以前別の宗教にハマっていた人というパターンが多いみたいだし、それをある意味で良い方に利用していった結果、新興宗教になっていってしまうという組織が多いのかもしれない。


本書の主人公の場合、そうはならないように頑張るがゆえに、人間関係に摩擦が起こるなど色々と事件が起こってしまうという流れになっている。

でも、改めて思ったけど、人のために役立ちたいからといっても、それには限度というものがあるよね。あくまでこれはボランティアなんだと主張しようが、当然それを受ける権利があるかのように主張する輩も出てくるわけだし、どこかで線引きをしなければ収拾がつかなくなる。やはり対価を取るという決着の付け方が、誰にとっても一番分りやすい方法なんだろうなぁ。


そう考えると、やはり宗教とお金というものは切っても切れない関係だとも言える。その代わりに、人は一方的に救済という虚像を押し付けられるわけだ。

本来、自分を救うのは自分でしかないということを教えるべきなのに、そうはせず、何か得体の知れないものを信じるように言い含められる。一体、彼らの考える救済とは何なんだろうね?(←宗教全般ではなく、あくまで悪徳宗教のことを言っているのであしからず)


本書では、特別な能力を持っている人間の人格が高潔であったからまだ良かったものの、これがそうでなかった場合の危険性って相当なものだろうなぁとちょっと思ってしまった。

本書を読んで、白装束集団の「パナウェーブ研究所」の女性教祖のことなんかも思い出してしまったんだけど、この組織も発足当初はもしかしたら宗教団体を創ろうと思ってなかったのかもしれないと想像したら、なんとも言えない気分になりました。実際問題、この組織は専門家によると「宗教を勉強しているとは思いにくい。現時点で社会と敵対する集団ではない」と分析されてるみたいだしね。


何というか、これを読んだら宗教のことをまた違う視点で見ることができるのは間違いないだろうね。新しい視野を手に入れることが出来てちょっと良かった、うん。宗教の持つ変な先入観が多少は薄れるんじゃないかな? 何かしら人に役立つ組織を創ろうと考えている人なんかも読んだほうが良いかもしれない。


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