★2010年1月12日の記事を再掲

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)久々に海堂さんの小説を読んだんだけど、なんか文体がラノベ調になってきているのは気のせいだろうか? 以前からこんな感じだったっけ? 

キャラクターが濃いからそういう文体にならざるを得ないんだろうけど、ちょっと鼻に付くなぁ。バチスタの時は濃いキャラが白鳥だけだったんで割とバランスが取れてたんだけど、シリーズ4作目ともなるとそういうキャラが氾濫しちゃってて、なんか読んでてしんどかった…。

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なんか無理矢理キャラ付けしようとしてるのが見え見えなのも、ちょっと痛いんだよね。なんでそこまで頑張るんだろう?って思っちゃうくらいエンタメに走ってる感じ。頑張りどころを間違っているようにも見えてしまう。

想定読者層はどの辺に置いているんだろうか? 物語のテーマとそれを描く文体がちょっと乖離しているように思うんだけどなぁ。テーマは結構興味深い内容なんだけど、なんかちょっと勿体無い気がするね。


それから、今回は田口先生の一人称だけでなく三人称の部分も結構あるんだけど、でも正直ほとんど一人称の文体と変わらないから、読んでてちょっとこんがらがってしまった。「これは田口先生が喋ってるのか? あれ、もしかして違う?」てな風に何回か混乱してしまったし。

海堂さんの場合、人称を変える意味がないんじゃないの?って思ってしまうよね。最初から全部三人称で書けば良いのに。


あと、今回も前回同様会議とかがメインになっているので、全体の7割くらいが会話文になっている。その辺も読んでてめちゃくちゃしんどかったなぁ。どうしてこうなった…。


振り返ってみると、全くと言っていいほど物語の内容には触れなかったんだけど、正直それ以前の問題で僕には合わない小説だったようです。もう海堂さんの小説は読まなくてもいいかもな…。

関係ないけど、本書で言及されているように、東京では公園とかに死体が転がっていることがよくあるの?







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