★2010年5月1日の記事を再掲

1Q84 BOOK 3なんというか、びっくりするくらいあっさり読めてしまったなぁ、というのが読後率直な感想。本書を読む前にBOOK2を再読したんだけど、そちらで語られた謎の応酬と比べると、幾分インパクトは欠けると感じちゃうのは否めないのかな。でもある程度これまでの謎が回収されていて、多少スッキリしました。

謎を残したまま終わってしまったわけだけど、まあ、ああいう終わり方も有りかなとも思う。だって1Q84年の世界というのは、具体的な事象は少なくて色んな可能性がある、そういう世界なのだから。何だって有り得る、それがリアル、それが1Q84年。そう考えて読んだ方がすごくスッキリするし、多少理解度も上がるのかも。

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リトル・ピープルというビッグブラザー的存在が、この世界を構成している存在なんだ、根源なんだと思考を切り替えた瞬間に、僕達読者の頭の中にも1Q84年が広がっていく感じなのだろうと思う。

要するに、小説内の言葉を借りるとするならば、この「1Q84」という小説こそがドウタでありパシヴァ(知覚するもの)であって、僕ら読者はレシヴァ(受け入れるもの)ということになるのだ。只々翻弄されながらも受け入れる。それが本書を読むべき姿勢になるのかもしれない。


それにしても、BOOK3って1、2に比べたら少し恋愛色が濃くなっているように感じるね。ある意味究極の恋愛小説のようにも読めなくもないんだけど、不思議と切なさというものがほとんどない。すれ違いのラブストーリーなはずなのに、胸が締め付けられるようなものが一切ない、ほんと不思議だ。

30歳の恋愛なんてこんなもんかもな、とも少し思ったけど、やはりなぜか味気なく感じる。妄想の部分はかなり具体的なのにリアルさを感じない。なぜか? やはり今回の物語の構図、登場人物の立ち位置の問題もからんでるんだろうなぁ。


物語の流れ的に言っても、登場人物の動きがさほどなかったというのが一番の問題だったかもしれない。皆それぞれがそれぞれの安全な場所から、あーだこーだと思考するだけが長く続くので、さほどもどかしく感じることもなく坦々と進んでしまっているんだよね。

でもそんな感じあろうと、ちゃんと青豆に感情移入して読んでる方もいらっしゃるようなので、僕もここであーだこーだと言ってもしょうがないんだけど…。


ここで、僕がBOOK1、2を読んだ時に感じた疑問を取り出してみる

ハルキらしさは後半以降から「1Q84 BOOK 1、2」(村上春樹)


以下ネタバレ、疑問点など箇条書きで(文字を反転しています)


リーダーとふかえり(ドウタ)が多義的に交わってリーダーはリトル・ピープルの代理人になったということは、ふかえりと交わった天吾がリーダーの代わりに代理人になったってこと?

ということは、天吾と交わったふかえりはドウタなのか? マザなのに、生理がこない状態になっているのか?

教団から逃げ出してきたふかえりはドウタで、マザはまだ教団内にいる?

もし天吾がリトル・ピープルの代理人になったとしたら、反リトル・ピープルの代理人であるふかえりと対立することになる?


こうして見てみると、結局一番上のやつしか疑問は解消されなかったんだなぁと、しみじみ。2、3番目は一応今回物語内で言及されたものの分からずじまい。4番目に関しては、そもそもこういった構図は成り立たないようだ、ということは分かったのだと思う。

でも、はっきり言ってしまえば、これらが分かったところでどうなんだ? という風になってしまうんだけどね。

結局のところリトル・ピープルが“何のために存在するのか”というのが分からない限り、この物語について多くは語りえないというのが答えになるのだろうな。でも、リトル・ピープルが“何をしたいのか”というのはBOOK3を読んで分かったような気がする。


最後に、このブログに「1Q84 BOOK4」とかで検索していらっしゃる方が結構いるんだけど(AmazonレビューにもあたかもBOOK4が出るかのように書いてる方が沢山いるようです)、たぶんもう続きはもう出ないんじゃないかと思いますよ。だって、BOOK3は12月までの物語なんだから、その次は何月になるかを考えたら自ずと答えはでるんじゃないかと。

もしも本当にBOOK4が出るんだととしたら、それは過去編になっちゃうのだろうね。そうするしかやりようがないだろうし。まあ、タイトルを変えるなりしたら続編も有りかもしれない。はてさてどうなりますことやら。






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