空海の風景
★2012年9月6日の記事を再掲

文中に「いまさら改めて言うようだが、この稿は小説である」と途中出て来るのだけど、どちらかというと研究本という色の方が濃い感じの本書。空海のあらゆる資料をまとめて整理してどーんとお届けという感じで、読むのに疲れる部分が多少あるものの非常に面白い。

個人的には、そもそも空海が天才とされていることを聞いたことがあっても覚えていなかったので、なかなか興味深くよませていただいた。まあ天才でもあったんだろうけれど、若い頃の時分は相当勉強をしていた印象ではある。

しかし、遣唐使によって唐に渡ってからの知識の吸収具合というものはすさまじく、そういう意味ではやはり天才なのかもしれないね

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この空海が生きた8~9世紀という時代。今で言うところの「思想・哲学」を学びたいと思ったとしても、当然ながらその時代の日本にそういった学問体系はない。なので、哲学的欲求の強い人間、簡単に言えばそういった何か物事を考えることが好きな人間は仏教などの宗教に行かざるを得なかった。“それしか無かった”というのがなかなか感慨深いものだわ。

もしその時代に哲学などの学問体系が日本にあったとしたら空海はどうしただろう? 哲学を選んだだろうか? いや、やはりこの時代に「密教」というものに出会いその面白さを見出したからには、そちらの道を変わらず選んだだろうと思えてならない。


この「密教」、インドから発生したものなわけだけど、そのインド現地でさえ当時ではまだ新しい教義であったらしい。そのため、他宗を圧倒するだけの精密な論を空海自らが編みこまなければならなかった。言わずもがな、それだけの実力はあったようです。

物事を抽象化、形而上化し体系立てる。時代的に言っても、そういった精密な論理世界を書物などから読んで理解できる人というのも希だったようで、それを自ら編みこみ創造するというのは相当すごいことだったんだろうなと想像に難くないね。

儒教等の世俗の作法、事実を尊ぶ教えよりも、仏教による宇宙の真実、生命の神秘、形而下よりも形而上的世界に空海は現実を見出していたとのこと。まあ、そちらの方が宗教であると分かりやすい感じではあるのは確か。世俗の作法となってくると、それは思想や論理の段階で止まっちゃっている感じがしないこともないや。


それから本書では、もう一人の密教伝来者である最澄とも比較するように描かれている。最澄は人柄で上へ登っていった印象強く、自身の思惑とは違いながらも日本の密教史上最初の灌頂(めちゃ簡単に言えば儀式)を行ってしまうとか、何という興味深い運命。

彼は非常に政治との結びつきが強いので、そういった政治的なドロドロした部分も読んでいて面白かった。空海自身も政治的混乱を利用して布教する場面もあったりで、まあ今も昔も政治と宗教の関係性は表立っているかいないかだけで代わり映えはしてないのかもなと少し思ってしまった。


それにしても、空海に対して最澄による密教の経典を貸して貸して攻めは傍から見ても見苦しいものがありますな。あまりにも執拗すぎる…。いたって本人は真面目で真剣だったのだろうけれど。

あと、空海とは関係ないけど、4世紀頃に朝鮮半島から日本に渡来してきた人々が自らを秦の始皇帝の子孫と称していたり、後漢の霊帝の子孫と称していたという事実に驚愕してしまった。この頃から今に至るまで特有のDNAが培われているのだね、なるほどです。


ま、そんなこんなでまとまらないのでここで終わり。確か京極堂シリーズにも密教について書かれたものがあったと思うので再読してみようかな。




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