六つの星星 川上未映子対話集
★2013年11月1日の記事を再掲

なんだか、のっけから濃くて重い対話をしているものだ。身体的、精神的な事柄からセクシャルな話題までバシバシ出てくるので、どんどん心を持っていかれる感覚にもなってくる。

対話の取っ掛かりは川上さんの小説の内容だったりするんだけど、次第に対話相手が語りたいことばかりにシフトしている感じなのかな、基本的には。でも川上さんは、そういった対話相手の意見にそのまま迎合することなく、「それは違うんじゃない?」とちゃんと自分の意見もいえるところが素晴らしい。

対談とかで時々馴れ合いみたいなものがあったりして、個人的にはほんと嫌なんだよね。そりゃあ対談するくらいだから、お互いに気になる相手同士、ファン同士ということもあったりするんだろうけど、だからと言って自分の意見を曲げるようなことをしてたらダメだと思うんだ。


【スポンサードリンク】


その点、本書はちゃんと“議論”になっているところが面白いです。まあ、川上さん自身が何にでも疑問を持ってしまうという性格にも起因しているのだろうけど。


そんな彼女は、ほんと自分の中にあらゆる問題を抱えて生きている感じが、これでもかというくらいに伝わってくるものだ。社会的な事象ではなく、やはり精神的にかなり根が深いように感じてしまう。

常にあーだこーだと思考をこねくり返しているようだし、だからこそ人間として興味深い人物なのだろうなぁ。それゆえ非常に作家らしいと感じなくもない。


本書では、川上さんの独特な文体について本人が語っている部分もあって、ちょっと感心してしまった。

大阪弁というものをちゃんとフィクションとして、目で読むものとしてもっていくには、結構な努力がこれからも必要やなとすごい感じています。やっぱり文章にするときは、標準語と大阪弁を混ぜたような、別のことばにならざるを得ないんですよ。

大阪弁を使う理由は、音やリズムの要請と思われがちなんですが、私の場合はむしろ視覚的な快感の方が大きいんです。


単に自分で語りやすいネイティブな言葉をそのまま書いているのだと思いきや、ちゃんと考えて構築されてたんですね、ちょっと驚いた。


対話相手の1人である作家・多和田葉子も以下のように評している。

複数のキャラクターが語っているという意味でなく、ひとつの身体のなかにあるいろんな声が同時に語り合っているような文体


これは僕も初めて彼女の作品を読んだ時に感じたことと一緒なんだよね。

以前、「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」を読んだ時の感想でもちょっと書いているんだけど、キュビズム的だよなとほんと思ってしまった。でも、キュビズムという言葉を文学に使っていいものかよく分からないけれど。



それにしても、『先端で、さすわさされるわそらええわ』って文庫化されないんだろうか? 刊行から5年近く経とうとしているんだけど。ま、単行本自体が売れてないから厳しいということなんだろうなぁ……。


六つの星星 川上未映子対話集 (文春文庫)
川上 未映子
文藝春秋 (2012-09-04)
売り上げランキング: 479,574








LINEで送る
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

« »

Post Navigation