★2014年6月2日の記事を再掲

金閣寺 (1956年)有名作品ということでこれまで敬遠していたんだけど、去年『豊饒の海』を読んで三島の良さを再確認、そんなこんなで『金閣寺』も読んでおくべき作品なのだろうと思い手にとってみた。

個人的には「金閣寺=美」と思ったこともないので、そんなにコンプレックスの捌け口にする対象に成り得るのか? などと思ったりもしたけれど、戦前戦後という時代を考えるとさもありなんという感じなのかもしれない。

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金箔を張り巡らした外装、分かりやすさという点では申し分ない。金無垢時計に憧れる人の心情というものも、そこにあるのかもね。変に“審美眼”が必要になることもない、万人が見て豪華だと思う様。そういったものが金閣にもあるのでしょう。

だからこそ本書・主人公は、世界から拒まれていると感じている自分自身の対極として、金閣への異様な執着、愛憎が絡んだ呪縛にかかってしまったということか。


10代から20代前半特有の頭に駆け巡ってくる“青臭い思想”、そういったものを感じざるを得ないんだけど、そういったものが自身にあるからこそ生かされるという側面もあるので何とも言えませんな。

「金閣を焼く」という想念を持っているからこそ、日常生活がイキイキとしてくる。いつだって自分はやってやることが出来る、取り返しのつかない破滅をもたらすことが出来る。そういう思いがあるからこそ、まだ逃げ出さなくて済んでいるわけだ

ある種「ドクター・キリコ事件」における青酸カリの役割を想起させられてしまうものの、こういった事象というものは必ずといっていいほどすぐに破局が訪れてしまうんだよね……。


本書の元となった実際の事件における犯人の動機も「美に対する反感があった」とのことで、そんなにも世間の目というものが気になってしまうのか? お坊さんでも?? と、やはり思わざるを得ない。人間20年程度生きたくらいでは、自身のコンプレックスというものと折り合いが付けれないものなんだなと、しみじみ感じてしまう。

本来何かに執着する事というのは、その対象に心が奪われているはずだというのに、自身と対象とを比較してしまう新たな視点が生まれてしまった時点で、何か歯車が狂ってしまったのかもしれない、いやはや。


とはいえ、何か人生を達観したかのような物言いをしてしまう自分自身にも嫌悪感を抱かざるを得ないや。







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