ガダラの豚 中島らも
ちまちま読んでいたら読了するのに結構な時間が掛かってしまった。

第1部の内容が新興宗教のインチキを暴くといったように、京極夏彦の百鬼夜行シリーズの内容と類似している点もあって、ちょっと退屈しつつ読み進める他なかったわけで。

京極作品2作を読んでから本書を読み始めたのが、ほんとにマズかった。教祖が起こす奇跡(と呼ばれるもの)を暴いたり、“洗脳はずし”なんかは、まさに京極作品の劣化バージョンにしか読めないので大変です。


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「憑き物が落ちた」という文言も出てくることだし、どうしたって京極堂を想起せざるを得ない。今回ほど読み合わせの悪さ、タイミング(読む順番)の悪さというものを感じざるを得なかったものだ。

中島らもを批判するつもりは毛頭なく、京極夏彦の情報量の多さに改めて脱帽するのみ。


アフリカに降り立ってからが本番
しかしながら、第2部に入ると舞台がアフリカ(ケニア)になるので、そこからずいぶん面白くなってまいりました。

本書は20年以上前に書かれたものではあるけれど、ケニアの一般的な生活も垣間見れてなかなか興味深い。現在では街並みなどずいぶん変わってきているのは想像に難くないものの、食文化はそれほど変わりないだろうから、国民性も大きく表れていて面白いです。

だけど、アフリカとはいえケニアは経済的に豊かな方らしく、よくあるイメージとしての貧困というものとは若干違うようで少し驚いた(地域によってはまた変わってくるけども)


“平等主義”こそが人を呪う動機
それから、本書のテーマとなっている「呪術」の本場こそがアフリカ。日本に生まれた人間からすると、やっぱりオカルトの類に見えてしまうのは否めない。でも、現地の人間からすると、呪術は人間の根っこにあるらしいので、軽々しく否定していいようなものではないのでしょう。

いわゆる、日本人にとっての自然崇拝、どこにでも神が宿っているとする土着信仰のようなものなのかもしれない。要するに、それが「在って」当たり前なわけだ(そもそも、みんなが信じていて初めて効力が発揮する)


そして、“平等主義”こそが人を呪う動機。持たざる者が持てる者に対して平等になろうとし呪術を使うらしく、「ねたみ」というものが思考のベースにあるとのこと。アフリカの方みんながそうだとは思わないけれど、何とも言えない気持ちさせるものだ。

まあ、争いの種をあらかじめ排除すると考えたら理解は出来るけども、共感は出来ないですな。


ホラー&パニック映画的な展開に萎えた……
続いて第3部。アフリカで大きなトラブルを抱えて日本に帰国した主人公一行。ここから関係者が次々と変死していってしまうという、ちょっとホラー小説的な展開を見せるようになる。

そして、終盤は完全にパニック映画的なカオス状態に陥ってしまうので、ほんと読んでいてすごく萎えてしまいました……。

第1部、2部と、段々いい具合に駆け上がってきていたのに、第3部になって一気に普通のエンタメ小説に成り下がってしまった感が否めない。どうしてこうなった? と、思わざるを得ないですな。

現実か虚構か分からない感じのところはまだ面白かったのに、殺し合いみたいになっちゃうと陳腐化がものすごく激しい。こういうのを読みたかったんじゃないんや……。




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