アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
動物を飼うこと、とりわけ本物を所持していることが社会的なステータスとなっている世界観。

地球が放射性物質に汚染されているという事もあってか動物の数自体が少ないので、それらに過剰に執着している人間ばかりというのが、我々から見たら非常に奇妙に映るものだ。

「動物を愛でる」、それこそが“人間らしさ”とでも言いたいのだろうか? そんな声をアンドロイドの口から聞こえてきそう気がしてならない。

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ただただ保護するだけの対象である動物に対して、自分で考え行動し、ある意味無害なアンドロイドは排除の対象となっているという理不尽な現状。

排除される正統な理由は確かにあるんだけど(人間を殺めてしまった)、そこに至った経緯というのがアンドロイドが奴隷のような扱いになっていることが発端なので、ちょっと何とも言えない気分になってしまう。

アンドロイドからしたら「動物より私たちの方が有能だし、もっと対等に扱ってほしい」という主張があってしかるべきだろうね。実際そう思わずにはいられない。


そんなにアンドロイドに感情移入することが異常なことなのか!?
本書の主人公リックも、物語の途中でアンドロイドに対して同情するなどしていたけれど、そういた感情を持ってしまった自分に困惑していた姿に、読んでいたこちらも困惑してしまった。

そんなにアンドロイドに感情移入することが異常なことなのか!?

例えそれが機械であっても、壊されてしまえば感情が揺らぐのも自然の事のように思うんだけど、この世界では有り得ないことであるらしい(むしろ正反対のことを要求される)


僕らだって、長年使い込んだPCとかに感謝することもあれば、「クソゲーが!」とか言ってゲームのコントローラーを投げ壊した後、自責の念に陥ることもあることでしょう(僕は壊さないけど)

上記のように、あらゆるものに感情移入できるのが“人間らしさ”だと思っていたけれど、本書の世界では狭い範囲のものにしか感情移入できない、許されないものらしい。


露骨な差別主義がまかり通っている世界
なんと不自由な世界なんだ。まあ、適格者(レギュラー)と特殊者(スペシャル)といったように、露骨な差別主義がまかり通っている世界に平等を求めても仕方がないのかもしれない。

そういう社会で当たり前に暮らしてきた人間から生み出されたアンドロイドなんだから、それに従うしかないのでしょう、残念ながら……。

この世界に疑問を抱いてしまったが最後、その人も特殊者(スペシャル)の認定を受けてしまう、たぶんそんな感じなのだろうなと思います。本書に登場してきた特殊者(スペシャル)のイジドアだからこそ、一時アンドロイドを匿うことが出来たわけだ。


主人公リックも、特殊者(スペシャル)認定を受けないうちにバウンティ・ハンターを辞職して、ひっそりと暮らしていくべきなのかも(重症化したら元も子もない)

それこそ、マーサーという虚構にすがるのもよし。




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