告白 町田康
心の中で思ったことを上手く言葉で表すことができない、コミュ障。それでいて、博打に精を出す極道者というキャラクター性がなかなか面白い主人公。

極道者・やくざ者とはいえ、現代のそれとは違い、まさに「強きを挫き弱きを助く」といった感じで、根は非常に優しく感じの良い兄ちゃんというイメージを持つものだ(村の中では鼻つまみ者ではあるけれど)

そんな見た目とは裏腹に、真っ直ぐな性格をしているもんだから、人に騙されやすいというのが玉に瑕なのかもしれない。その一点こそが、破局の原因となっていくわけだけど。

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何度も何度も騙される。極道者であると自負しているもんだから、面子というものも大事にしており、それによって引く引けない部分もあったことでしょう。

そこに付け込まれてまたしても騙されるなど、そういう物語のパターンが出来上がっていたように感じるね。ほんと同じことの繰り返し。

読んでるこちらは「騙されるぞ、騙されるぞ……、ほらやっぱり騙された!」てな感じで、小気味よさと苦々しさがない交ぜになったような快感があるのは確かかもしれない。いじめっ子の気分と、それを助けたいと思う優等生の気分を同時に味わうといった塩梅。

明確な悪役がいるものの、主人公だって聖人君子というわけでもなく、勧善懲悪ものではない変なバランスの取れた物語。その辺の居心地の悪さが面白さの源と呼べるのかも。


ちなみに、本書のネタ元とされる河内音頭「河内十人斬り」は以下のような感じらしい。

京山福太郎「河内音頭「河内十人斬り」~(テロップ付き)



歌詞付きなので分かりやすいんだけど、まさに小説のストーリーもこんな感じ。

小説のクライマックスで熊太郎が弥五郎を○○して自分は○○する部分は、この河内音頭では人物が逆になっている点がちょっと気になってしまう。なぜ小説では変えてしまったのかなぁ? その辺が解せない。

まあ、熊太郎が主人公である以上、彼の裁量で最後まで事を行わせたいというのがあったのだろうけど、そこは史実通りであっても熊太郎らしい最期っぽくて悪くないと思うんだけどなぁ。


自分の思想と言語が合致しない、周りの人間に自分の言いたいことを言えないまま終わった人間の最期。彼は史実通りに、弥五郎に○○されて終わる方がインパクトがあったんじゃなかろうか。

ヤレコラセェドッコイサ、ソラヨイトコサッサノソラヨイヤサ。




告白 (中公文庫)
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