グレート・ギャツビー スコット・フィッツジェラルド/村上春樹訳
もうかれこれ7年くらい前、知人の発した「ギャツビー、全然グレートじゃねぇ!」という言葉が強烈なインパクトを持ちずっと頭の片隅にあったんだけど、このたびようやく「読んでみるかな」と重い腰を上げるに至りました。

正直、ギャツビーってどれだけクズなのだろう? とか思いつつ読み進めていたというのに、特にそんな悪い印象を持つこともなく読了。知人の言う「グレートじゃない」というのは、悲惨な最期のことを言っていたのかもしれないなぁ。

その点は確かにグレートではない、全く華麗なところはなかったように思う。ただただ、救いのない最期。非常に切ないとしか言いようがないものだ。

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個人的には、ギャツビーがどうこういうよりも、彼の想い人であるデイジーという存在に胸糞悪さを感じざるを得なかった

何というか、簡単に言えば自由奔放な女性。いまだ“夢見がちな少女”という風情を醸し出している良家のお嬢様。一見、他人に優しそうに見えるものの、思い込みが激しく自己中心的で性質が悪い。


デイジーの人間性に疑問
彼女も夫が不倫をしているなど同情すべきところはあるんだけど、逆に自分が加害者的な立場に置かれた場合にはだんまりを決め込むという姿勢がほんと腹立たしいとしか言いようがないね。

ギャツビーが○○した時にも何一つ便りを送ってこないとか、人間としてどうなの? と、感じた人も多いことでしょう。思いのほか、図太いというか、切り替えの早い女性だったのだなぁ……。


本書を読んで、ギャツビーがグレートかそうじゃないかとか、ほんとそんなのどうでもよくて、読後はデイジーという存在のために後味がすこぶる悪いという感想しか持てないんですが。

冒頭に書いた「ギャツビー、全然グレートじゃねぇ!」と言った知人というのは女性なんだけど、本書を女性が読むとデイジーの言動については特に違和感とか無かったりするのだろうか?

やっぱり、女性は女性に共感し、男性は男性に共感してしまうということなのかなぁ(ちなみに、僕は男性です) ま、ある意味、それは正しい感じ方なのかもしれないけれど。


そういえば、本書って3年前に映画化されてたよね、ということでキャストを見てみた。

映画 『華麗なるギャツビー』 公式サイト

おー、だいたいイメージ通りの配役になっていて、その点は感動してしまう。
ただ、ディカプリオにピンクのスーツを着せてほしかったものだ(劇中では着てる?)




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